次男は5月で1歳になり、今日より明日、明日より明後日といったように、息子の成長が毎日楽しみな日々を過ごしています。

ベビーサインはそれとなく毎日送り続けていますが、息子からのサインは皆無と言っても大袈裟ではないくらい少ないです。

たぶん、私のサインの送り方が悪いんでしょうね。初サインのミルクに大喜びしていたときが懐かしいです。

あ、一つだけあった!電気のサインです。

夕暮れ時に部屋の電気をつけると、「あれは電気だね」といった感じでサインを出してくれます。私は嬉しくて「そうだね、そうだね!」と同じサインを返したりして。

たぶん、サインの意味は息子は分かっているような気がするのですが、自分から積極的にサインを出すことがないのでちょっぴり残念。

今は自我が芽生え始めて色々と要求も多くなっているものの、カレの気持ちを汲んであげれないときなどはベビーサインが便利なのに〜とヤキモキすることもしばしば・・・。

やっぱりもっと早くに教室に行っておいたほうが良かったのかな。

2008.06.08 Sun l 店主のメモ帳 l COM(1) TB(0) l top ▲
下の息子がうまれてすぐに、ベビーサインをはじめました。
もちろん、新生児の息子は無反応。
いずれ覚えてくれれば…そんな気持ちでサインを送り続けること8ヶ月、先日、ようやく息子から初サインがありました!

生まれはそれほど大きかったわけでもないのに、すくすくと育ったジャンボベビー(?)だからでしょうか、初サインは「ミルク」でした。

初サインのあと、これまた初めて意味のある言葉を話し始めて、それも何を隠そう「まんま」。

よほど食にうるさいようです。(^◇^;)

「まんま」を言うようになってからミルクのサインは飲んでいる最中に限定されましたが、あああ、分かってくれたんだぁと嬉しくなります。

今は「もっと」「食べる」「寝る」「お風呂」「抱っこ」「痛い」などなど、大きな期待を抱くことはせずにのんびりサインを送り続けてます。

いつかサインでお話しできることいいなあ。
2008.02.13 Wed l 店主のメモ帳 l COM(0) TB(0) l top ▲
私の実家では、長らくお蕎麦屋さんを経営していました。
7年前、父がくも膜下出血で倒れ、危篤状態になったためにお店を閉店しましたが、夫が脱サラ、私の田舎に戻り家業を継ぐことになりました。

当初、ボンボンママンのお店の近くの市川市妙典や本八幡で空き物件を探していましたが、田舎の母は関東の家賃の高さに驚き、それなら地代家賃の心配もなく、長い間、店は閉めていたけれども地元の方々に支えられた土地で経営したほうが負担が少ないと判断。

夫もその考えに同意して、なんと勇気ある決断で一家で私の田舎に引っ越すことになったのです。

私自身、田舎に戻ることは本当に迷いました。ボンボンママンのことだけを考えれば、引っ越しすることによって現状の経営を維持することが大変厳しかったからです。

最も悩ませたのは仕入のこと。次に、小さな子供を抱えてどれだけ動けるかということ。そして、出来る限り家業のほうも手伝ってほしいと言われたこと。この3つ。

結局、なんの答えも見つからないままこちらに戻ってきましたが、ボンボンママン用の店舗も用意してもらいましたし(まだ看板はありませんが)、通販だけでもいいから何とか頑張りたい!と、ようやく答えが見つかりました。

お蕎麦屋さんに関しては、やはり地元に再オープンして良かったと思っています。
昔を思い出して、懐かしんで下さるお客様が毎日のように訪れてくれます。
特に、名物の「そばきり」や「かにばっとう」は昔と変わらない味と喜んで下さる方がいて本当に嬉しい限りです。

夫はもともとはSE、コンピュータ畑の人間、私は業種は違うけれど通販経営の経験もあるということから、お蕎麦屋さんの通販も始めることになりました!

といっても、お蕎麦屋さんの通販はゼロからのスタート。分からないことだらけです。
でも、なんとか頑張って、全国の皆さまに美味しさをお裾分けできたらなぁ・・・と思っています♪
よろしければ応援してくださいね。まずはオークションから始めます!評価は新規ですが、通販経営の経験がある私が対応しますので安心してくださいね。

箸膳
箸膳ホームページはこちら(まだサイト構築中で、リンク切れがあります。ごめんなさい。)

カレー南蛮蕎麦
カレー南蛮オークションページはこちら



2008.02.01 Fri l 店主のメモ帳 l COM(0) TB(0) l top ▲
ご無沙汰しています。本当に久しぶりにブログを更新しています。

引っ越ししてからもう4ヶ月、そして5月に生まれた次男も8ヶ月になろうとしています。

マンション住まいだった頃と違って、お兄ちゃんはずいぶん暴れん坊になりました。
次男も障子破りに励んでいます。

おかげで、家はボロボロです…(^◇^;)。

さて、長期間に渡って休業していたボンボンママンですが、再開の目処がつきましたので少しずつサイトを更新しています。

ですが、今シーズンは新しい商品がありませんので、旧コレクションのセールが主体となります。

移転先のリアルショップのほうはお店部分は既に出来上がっているものの、とても狭すぎて商品が入りきれず現在オープンを見合わせています。
実はお店は自宅と繋がっていて、このお店の隣には主人が経営するお店があります。

私の店、つまりボンボンママンはこの主人のお店の裏手にあるので表通りからは全く見えないところが悲しい…。

電話は繋がっていますが、何せ商品が盛り沢山なものですから、電話にたどり着くまでが一苦労で受話器をとった瞬間切れてしまうというトラブルも発生しています。
とにかく、お店の電話が鳴ったら「素早く、速攻、何が何でも電話に出ること」が最近の目標です。

以前はボンボンママンの仕事をがむしゃらにやってきましたが、次男も生まれましたので今は細々と気長に運営していこうと思っています。

こんな状況ですが、ボンボンママンをぜひ応援して下さいね。頑張りますっ!


2008.01.09 Wed l 店主のメモ帳 l COM(2) TB(0) l top ▲
昨日のブログ、お母さんの話を読み直して思い出したことがある。

土曜日の朝、母に「今日は悪いけれどパンを買って食べてね」と言われたことがあった。

私はそれがイヤだった。そもそもパンがあまり好きではなかったし、なんだか見放されてしまったようで、そんな時は「イヤだ〜〜〜!」とダダをこねることが多かった。

そうなると、母は無理をしてでもお弁当を作ってくれたものだが、ある時、どんなにダダをこねてもお弁当がない土曜日があった。

とある土曜日、いつものところに、いつものお弁当がなかった。
その代わり、100円玉と手紙がちょこんと置かれてあった。

「これでパンを買ってね。ごめんね。」

その時、「お母さん、今日は忙しいんだ」という気持ちと、「フン!」と鼻をならしたくなる反抗心の二つが芽生えた。

結局パンを買いに行くしかなく、もう諦めの心境になった。
100円あればパンぐらいなら二つも買えてしまう時代だ。でも、当時のパンって今ほど美味しくなくって、種類もそれほどなかったような気がする。
私の記憶では食パン以外では、ジャムパン、クリームパン、チョコパン、三色パンぐらいかなぁ。

菓子パンというと、表面がやけに乾燥してカピカピになっている皮のようなものがあって、その舌触りがとても苦手だった。
そんな訳で、その部分をミカンの皮をむくようにして食べたものだ。
でも、それでも美味しくなくて半分残してしまうことが多かった。

夕方、母が帰ってくると、如何に私がパンが嫌いで、お母さんが作ったお弁当のほうがいいか、食べ残しのパンを指さしながら訴えた。
母はひょうひょうと「そーお〜?そんなことないよ。パンだって美味しいよ。」と残りのパンを口の中に放り込んだ。

私は唖然として、しつこく「もうパンは、ぜ〜〜〜たいイヤだからね〜〜〜!」と子供らしくダダをこねた。(笑)

それからというもの、100円玉と置き手紙はなくなった。その代わり、バスでお店に行く機会が増えた。

何かと手伝わされるお店もイヤだったけれど、パンよりはマシだと思って我慢した。
お店のメニューから好きなものをオーダーすることができたし、何よりも母と一緒にいれるのが嬉しかった。

末っ子だったからかな、私は相当な甘えっ子だったようだ。


2006.11.04 Sat l 店主のメモ帳 l COM(0) TB(0) l top ▲